演出シノプシス
『デズデモーナ』シーンの展開
◎=演出メモ
シ-ン1 椅子
オセロ−がデズデモ−ナを殺害する前の会話が聞こえる(声のみ)。出演者は、何者かにな
る前の〈もの〉として、まだ名称を持たぬ、役を持たぬ存在として舞台の闇からゆっくりと姿を見
せる(全員で登場)。
シ-ン2 きざし
オセロ−の「罪」をめぐっての即興演技シ−ン。イヤ−ゴのささやき声が聞こえてくる(声の
み)忠実な部下を演じる場面の言葉と、本心を語る言葉。
◎滑らかな皮膚の表面から皮膚の内側のぶつぶつとしたものが、しだいに吹出物のように表
出する。人間の善良や良心、ヒュ−マニズム、人に好かれたい、といった孤独や不安の裏返し
のあらゆる仮面の滑らかさの下に隠蔽され、抑え込まれた本能が次第に表面を変形させ、か
らだのゆがみとして、きしみとして表出する。
シ-ン3 罪
ものたちは、オセロ−の登場人物に次第に変身してゆく。姿より前に魂の形や動きが、身体
の表面に現われ、さまざまな所作を生み出す。オセロ−とデズデモ−ナの会話が聞こえる(声
のみ)。
ひとしきりの激しい動き(常に会話の内容、意味と直接的ではないが、俳優の動きは深く関係
しあっている)のあと、ものたちはデズデモ−ナの魂(すでに死んでいるデズデモ−ナの霊)を
舞台に呼び込む。
シ-ン4 おもて
デズデモ−ナの衣装を来た〈もの1〉(吉永)現われる。椅子に座り、罪のないしぐさで髪をす
いてみせる。しかし、どこかに罪深さを匂わせてみせる
◎『デズデモ−ナ』の演出視点では、原作の人物の中で、最も汚れなく清廉に描かれている人
物デズデモ−ナに、最も罪深さを感じている(まさに「知らない内に罪を犯している」存在。むし
ろオセロ−やイア−ゴは愚かだが、最も人間らしく感じる)吉永はそのデズの善意の裏返しの
悪意、を髪をすく行為で演じてみせる。おそらくはこうして知らない内にキャシオ−の無意識の
欲情をさそい、それを本能的にかぎつけたオセロ−の嫉妬を高まらせたような・・・。
シ-ン5 黒く塗る/妄想
もう一人のもの2(バンチッチ)、衣装をまとい登場。デズデモ−ナ、白い障子紙に描かれた
黒い線による顔の絵(作画吉永)の上に、さらに黒い線を描く。オセロ−は自らの顔に黒いライ
ンをひく。
シ-ン6 絡み合い
オセロ−の妄想の中で、絡み合う二人(一人はキャシオ−、一人はデズデモ−ナ)、そして悪
魔のように浮かび上がる陰画としてデズデモ−ナ(絵画の裏に立つ別のデズデモーナ、影とし
て浮かびパネル上の黒いラインで描かれた線画と交わる)。オセロ−、イア−ゴとの会話を背
景の男(キャシオーの幻影)と語り出す。夢魔のような時間。
シ-ン7 ブラック・デズデモ−ナ
黒い衣装のデズデモ−ナが絵の背後から登場。絶望的で盲目的になったオセロ−の心に象
形された姿のデズデモ−ナがあらわれ、その心を致命的に打ち砕く。自ら生み出した妄念によ
って致命的に傷ついた(自ら招いた傷)によって、みじめに情けなく悶えうつオセロ−の姿。
シ-ン8 白いハンカチ−フ
再び、元の姿となって現われたデズデモ−ナ。白いハンカチ=嫉妬と殺害の小道具として使
用されたもの、を持って。モノロ−グ(絶望の果てにデズデモーナ殺害を決意し実行に移す際の
言葉)を語るオセロー。そしてデズデモーナを殺害しようとするが・・・。
シ-ン9 亡霊の花嫁
舞台は、殺害しようとしたオセローが逆に自ら生み出したデズデモーナの幻影に白いハンカ
チで首を絞められもがき苦しむ姿が浮かぶ。デズデモ−ナの分裂化した分身たちが登場す
る。花嫁の白いベ−ル姿で。
これは彼の幻覚の世界。首を絞めているいるつもりが、逆に自分の首を絞めている(自分の
作り出した「美しいデズデモ−ナ」=〈人形〉によって)。
−暗転ー
シ-ン10 皮膚の下/隠蔽
四人のものたちの即興的に組み立てられた演技。
ふた組みの男女、ひと組みはオセロ−(フェルリン)とデズデモ−ナ(ヴィスタソヴィッチ)の会
話を、ひと組みはオセロ−(カルデリ)とイヤ−ゴ(林)の会話を。別の場面の会話を同時平行
で両者が語りだしてゆく。場面の状況の違いは演者の中ではっきりしているが、しだいに混乱
してゆく。
4人『知らない内にどんな罪を犯したのでしょう』(原作、デズデモーナの言葉)と叫びながら走
りだす。そして止まる。
シ-ン11 壁の渦
スロ−な動きを中心に、3人ねじれ出す。そして再び"おもて"に戻る。繰り返す。
シ-ン12 排除
ものたち3人客席におりてゆく。ものたちから機械的な音声が小さく聞こえる。極めて差別
的、排外的な言葉。
ものたち、舞台上に戻り、デズデモ−ナをゆっくりと殺してゆく。黒い衣装のデズデモ−ナ倒
れる。
オセロ−、イア−ゴの魂を振り子のようにゆれる。分裂的に、そして何者かに戻る(正面を向
く)。
◎デズデモ−ナを殺害した直接の犯人はオセロ−、仕掛けたのはイア−ゴ。しかし、彼らの心
のねじれを生み出したコンプレックス、その原因の差別感は彼らだけのものではない。"もの"
によるデズデモ−ナ殺害の舞台シ−ンは、顔のない大衆を象徴。オセロ−はたまたま、"殺人
"とういう行為(おもて、現われ)を行なったのだが、それらは至る所に潜伏している。息を殺し
て。
ラスト 脱ぐ
オセローを演じていたアレクサンダー・バンチッチ、舞台上で顔のメイクと舞台の上で描いた
黒いラインを、白いハンカチで拭き取る。『誰がデズデモ−ナを殺した』ということば(クロアチア
語)を叫び、再び、他のものたちと一緒に闇の中に消えてゆく。
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