シリアの詩人で映画・ドラマの脚本家、劇作家のアドナーン・アルアウダ氏の戯曲『母と娘の物
語』上演により、内戦で国を追われ困難な状況にある作家を応援したい。
紛争や戦争によって避難せざるを得なくなった人々は、毎日ニュースで流れるウクライナも含めて膨大な数にのぼり、
当事者国だけでなく国際的な問題でもあり、日本も例外ではありません。そのように混迷が拡大する世界にあって、私 たちに何が出来るのかを考えると途方に暮れるばかりです。しかし演劇を行う者として劇作家の作品紹介を行う事は 可能です。そのことで多くの人と問題を共有したい、更により深く相手の社会や文化を知り、身近な問題とすることは可 能だと思います。
テラ・アーツ・ファクトリーの代表である林英樹は、世界90ヶ国が加盟するユネスコの民間団体であるITI/UNESCO(国
際演劇協会)の日本センターで、13年に渡って「紛争地域から生まれた演劇」シリーズの企画立案、プロデュースを行 い、パレスチナ、トルコ、ヨルダン、シリア、イラン、イスラエル、パキスタン、フィリピン、アルジェリア、ナイジェリア、カメ ルーンなど日本に紹介されにくい国や地域を含めた作品を紹介し続けて参りました。その中で2010年の「アラブの春」 をきっかけに始まった内戦の続くシリアで、アサド政権を批判し亡命せざるを得なくなった作家、テレビ・映画の脚本 家、劇作家、詩人アドナーン・アルアウダの戯曲『ハイル・ターイハ』を2017年に翻訳・リーディング上演で紹介いたしま した。
アルアウダ氏はシリアを脱出後、ICORN(国際難民都市ネットワーク)ロッテルダムの「ライター・レジデンス」に受け入
れられ創作活動を続けています。ICORNは戦争や政府の弾圧で母国に留まることが出来なくなった作家やアーティスト に避難所を提供する国際組織で、その起源は1993年にアルジェリアでの作家の暗殺への対応として、国際作家議会 (IPW)によって「亡命都市ネットワーク(INCA)」として設立、代表にはヴァーツラフ・ハヴェルなど、評議会メンバーにはジ ャック・デリダ、ハロルド・ピンターなどが含まれています。IPWとINCAは2005年に解散しましたが、そのアイデアと意志 はそのまま残され、2006年6月にノルウェーのスタヴァンゲル文化センターに「国際難民都市ネットワーク(ICORN)」事 務局が設立され、活動を新たに継承しています。ICORNはメンバー都市による分散型の運営となり、ロッテルダムをは じめ世界70都市がメンバー都市となっています。
「土着の根深い因習と近代化してゆく社会、厳しい自然に翻弄されながらも強い意志で同調圧力を破り、人生を切り開
こうとする母娘二代を描いた作品」(中山豊子) 娘の名はハイル(馬)、母の名はターイハ(さすらい)。ベドウィン族とク ルドの間に生まれたハイルが因習と現代的生活のはざまで揺れながら成長し、女性として自立する姿を、音楽や詩を ふんだんに用いて描く語り物。多様性の中に「シリア」のアイデンティティを探る作家の真骨頂。クルド語交じりのアラビ ア語で書かれ、2008年出版。2015年にはパレスチナのイエス・シアターによりアラブ演劇祭(※)で初演され、カースィミ ー賞を受賞した。
『母と娘の物語』』は擬古典形式で書かれた叙事詩劇で、アラブ世界において10〜13世紀頃に存在した「マカマート」形
式による口承文芸、アラブ語り物文学を継承する戯曲です。「マカマート」は一人の人間が楽器を演奏しながら過去の 出来事を語り、複数の登場人物を演じ分ける形式となり、遊牧民世界ではテントに人が集まり、そこで一晩をかけて物 語られていました。
『母と娘の物語』は、第二次世界大戦後の1946年にシリアが独立した時代から紛争が始まる前までの半世紀の社会が
物語の背景となります。遊牧から定住へと変わっていく近代化の時代、共同体の大きな歴史の渦の中で営まれる母と 娘の小さな物語、家族の物語を「マカマート」形式を念頭にした擬古典形式で描かれた作品です。
物語は、ベドウィンの家族である母と娘の話で、20場に及ぶシーンが続き、母の物語、娘の物語、回想、歌謡シーン、
舞踊シーンが続きます。母と娘の物語からは、娘のハイルを取り巻く学校をはじめとした社会が、遊牧から定住へと変 わっていく近代化の波のなかにあることが対比的に浮かびあがります。
アドナーン・アルアウダ(Adnan Alaoda):1975年生まれ。ダマスカス高等演劇芸術学院でパフォーミング・アーツ、ダ
マスカス大学でジャーナリズムを学ぶ。詩人、作家、テレビ・映画の脚本家、劇作家。2011年3月、ダマスカスで行われ たアーティスト、作家、ジャーナリストらによるデモに参加して捕らえられ、アサド政権支持を表明するように要請され た。これを逃れるため国外脱出。
今回のプロジェクトは、困難な状況にある作家に対して、日本において彼の作品『ハイル・ターイハ』(上演タイトル『母と
娘の物語』)を上演する機会を継続的に設けるための基盤強化と次の上演の制作準備が目的です。その上で、同様の 理由で困難を抱える作家やアーティストを支援する国際組織ICORNへの活動支援を持続的に行っていきたいと考えて います。そのための態勢確立も今回のクラウドファンディングの目的といたします。
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