作品紹介


本作は、イプセンの『人形の家』が提示した問いかけを作品創作の出発点とし、同 時に結婚や恋愛など現在のメンバー自身の周辺にある問題を再考しながら、稽古 場で作り上げた「集団創作」作品となります。

私たちが集団の方法として活動再開以来探求し続けております「集団創作」の方 法は、最初に「設計図」を定めず、創作の出発点となる問いを軸に様々な材料を 集め、思考を重ねながら、徐々に身振り表現による表象化とテクストの創作、選 択、構成化を積み上げ、全員が参加する形で作品の全体構造を練り上げてゆくと いうものです。この方法は一種の「ブリコラージュ」と呼ばれる方法に近いものであ ると考えます。


キリスト教倫理観がまだ根強く残るイプセンの時代、19世紀後半のヨーロッパ。妻 が家を出ることそれ自体が衝撃的であった時代から大きく社会も価値観も変わり ました。その大きな社会的変化にもかかわらず、現在も私たちを取り巻く環境は 様々な未解決の問題を孕んでいます。地縁血縁共同体が薄れ、資本主義下の社 縁は近代合理主義に基づく効率や利益追求のため決して「体温のある」共同体と は言い難く、個々人の孤立感はより深刻化している現代。家族という最も小さな共 同体単位の中でさえ、互いに苦楽を「分かち合える」関係にはなっていなかった、 というノラの苦悩と自覚は現代から決して遠いものとは思えません。彼女の終局で の行動の根拠は形は違っても今も私たちに何かの光を与えてくれるものがあるの ではないでしょうか。

そうした思考の下での創作作業を重ねながら、私たち独自の視覚表現(身振り表 現や、動作、配置、空間構成、照明など)と言葉の相互批評的関係の中で作り上 げられた舞台が『ノラー光のかけらー』です。



註@ 『人形の家』あらすじ:弁護士ヘルメルとその妻ノラは3人の子供と幸せな生 活を送っていた。しかしノラには夫に内緒の秘密があった。夫が重病を患った時、 夫の友人のクログスタットから借金をし、その借用証書に実父のサインを偽造して いたのだ。夫によって職を解雇されようとしていたクログスタットは、秘密の暴露と 引き替えに復職を説得するようノラに迫った。秘密の露見を恐れ、苦しみながらも ノラは夫を信じていた。が事実を知った夫の態度は・・・。


註A ブリコラージュ:その場にあるものを集めて自分で作る、ものを自分で修繕す るという意味。理論や設計図に基づいて物を作る「エンジニアリング」と対照をなす 方法。身近にあるものを集め、それらを部品として何が作れるか試行錯誤しなが ら全体を作ること。
フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースは、近代以降の「エンジニアリン グ」の方法を「栽培された思考」と位置づけ、ブリコラージュを人類が古くから持っ ていた叡智、「野生の思考」と呼び、近代社会にも適応される普遍的な知のあり方 と考えた。



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