企画の動機
林英樹

 2020年5月に劇団DA・Mの代表大橋宏氏が亡くなった。その後、劇団が拠点としていた
高田馬場のアトリエがどうなったか気になり、近くに来た時に立ち寄ってみると劇団のメン
バーだった中島さんがいた。アトリエを存続させるという。元は仕出し弁当屋さんだった建
物を劇団の稽古場に改装し公演も打っていた。

 彼らの公演には幾度となく足を運んだ馴染みの場所でもある。馴染み客としてはぜひ、そ
の記憶とともにアトリエを存続させて欲しい、そう心から思った。そこで何かをこの小さな小
屋でやろうと考えるようになった。それが2021年の夏。

 丁度、その頃、アフガニスタンの情勢急変のニュースを連日、メディアが取り上げてい
た。米軍が撤退しカブールがタリバンによって陥落した。

 2013年にアフガニスタンの戯曲を紹介する企画を別団体でプロデュースし、その際、多少
の縁が出来たせいか、何かじっとしていられない気持ちに襲われた。急な政変、思いがけ
ない事態に対して現地の人々の戸惑いは私たちの想像を超えるものだろう。しかし、やが
てニュースに取り上げられる機会も減り、アフガニスタンの事は忘れられていくようだった。
せめて演劇の場で、何かしら忘却への反逆を試みることが出来ないか、いや、演劇ゆえに
そういうことも可能なのだ、そう思い友人たちに声をかけ実現したのが本企画である。

 ただ、今回この戯曲を使用するにあたって私たちは現地の人々の代弁は出来ない、現
地での上演の演出再現はしないという方針で臨んだ。逆に出来ることは何だろう、と考え
た。その結果、戯曲の元ネタになっている多数の体験談、それは現地の演劇製作者がア
フガニスタン全土から集め選んだものだが、その体験談の発話者である戦争や内戦で家
族を喪った人々が誰かに彼らの話を聞いてもらいたいと祈願して発話したことかどうか、そ
こを考え、本当に聞いてもらいたいと欲していると確信した時、私たちが聴き手になり、同
時に聞いた言葉を誰かに発する、という連鎖、相互作用、インターアクションを引き起こす
ことは可能だと考えた。であるから、このテラ版『修復不能』は戯曲の再現ではなく、戯曲の
中に埋め込まれたアフガニスタンの市井の人々の声を起点に、語りと映像、舞踏の三者に
よるコラージュ形式による演出作品となった。



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